温故知新


 第19話 孤(われ)の孔明あるは、魚の水あるが如きなり.(水魚の交わり) 「蜀書」


 君臣の親密な間柄を例える「水魚の交わり」の語源です.

 はじめ劉備のもとには、関羽、張飛など戦いでこそ役にたつ勇将はいたが、参謀的な役割、つまり組織の将来に対する展望をもった人物がいませんでした.劉備が長いこと根拠地ももてないで、いたずらに「髀肉の嘆」をかこっていたのは、それが原因であったといってもいいでしょう.

「三顧の礼」をもって迎えた諸葛孔明の天下三分の構想を聞いて啓発された劉備は、以来夜となく昼となく孔明と天下の形成を語り合って、飽きることがありませんでした.

 そんな様子を見て面白くないのが、挙兵以来、苦難をともにして来た関羽と張飛でした.彼等はその不満をあからさまに口にしました.そこで劉備は、二人にかんで含めるように言いました.

「孔明とわしとの関係は水と魚のようなもの.魚は水なしでは生きられないのだ.その方たちもわかってくれないか」

 スカウトしてきた人材に十分腕をふるわせるためには、トップがいかに彼を信頼しているかを、周りに示す必要があります.徳に古参のものほど嫉妬の感情が強いもの、彼等を十分に納得させないと、組織の中に不響和音が発生することになります.(7月28日)
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